Natsume O, et al., Two-step egg introduction for prevention of egg allergy in high-risk infants with eczema (PETIT): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet 2016 [Epub ahead of print]
■ 土曜日に論文紹介を更新するのは珍しいのですが、今回は例外的に更新したいと思います。なぜなら、2016/12/9に各新聞社の夕刊に、食物アレルギー予防に関する極めて重要な報告が報道されたからです。
"離乳期早期の鶏卵摂取は鶏卵アレルギー発症を予防することを発見(https://www.ncchd.go.jp/press/2016/egg.html)"とする、成育医療研究センターの研究チームからの報告です。
■ おそらく、食物アレルギー予防としては金字塔ともいえる報告と考えられ、このような重要な研究結果が本邦から世界最高峰のJournalであるLancetに発表されたというのは、アレルギーを志す一人として、いや同じ日本人として誇らしいです。この研究を実施された先生方、参加されたご家族に敬意を表します。
■ 2016/12/10 13時現在、まだ本論文はPubmedで検索できなかったのですが、論文の報告されたLancetではAbstractが読めるようになっています(http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(16)31418-0/abstract)。
■ 昨日夜に論文全体を一通り目を通し、今日仕事の行き帰りの電車内でまとめていました。まだ公式にはAbstractのみですので、著作権に配慮しAbstractを中心にまとめさせていただき、コメントも追加させていただきます。
■ なお、上記の成育医療研究センターのHPに、「すでに鶏卵アレルギーと診断されている乳児の鶏卵摂取の可否、及び予防を目的とした実際の鶏卵摂取については、専門医の指導を仰いでください。また、卵の加熱が不十分だと抗原性が高くなり危険です。自分で調整することは危険なので、必ずアレルギー専門医に相談してください。」とあり、もし始める場合でも、先行研究に比較して安全性が高くなっているとはいえ、専門医の指導を十分に受けていただくことをおすすめいたします。
E: 生後6ヶ月から加熱卵乾燥粉末 50mg(=加熱卵0.2g相当、かぼちゃ粉末で賦形) → 生後9ヶ月から 250mg(=加熱卵1.1g相当)に増量して摂取群(卵摂取群) 60人
C: かぼちゃ粉末 摂取群(プラセボ群) 61人
O: プライマリアウトカム; 生後12ヶ月における卵アレルギー(加熱卵乾燥粉末7g=ゆで卵32g相当のオープン経口負荷試験で評価)
セカンダリアウトカム; 血清TARC、卵白・オボムコイド特異的IgE抗体価(ImmunoCAP)、IgG1、IgG4、IgA(diamond-like carbon-coated densely carboxylated protein chips)
結果
■ 介入期間中、積極的に湿疹の治療を行い(一部の中等症から重症湿疹に対してはProactive治療)、介入期間は悪化なく湿疹をコントロールされた。
■ 試験食品を摂取できなかった参加者、アトピー性皮膚炎の診断基準を満していなかった参加者、介入を開始できなかった参加者は検討から除外され、プライマリアウトカムに分析に含まれる参加者数は、卵摂取群60人、プラセボ群61人だった。
■ per protcol analysis群における試験食品の摂取平均日数は、卵摂取群の163.5±17.9日、プラセボ群167.6±16.5日だった。
■ 結果として、卵摂取群の8%(60人中5人)、プラセボ群の38%(61人中23人)に卵アレルギーが認められた(リスク比0.221[0.090-0.543]; p=0.0001)。
■ リスク差は29.4%(95%信頼区間[CI] 15.3-43.4)であり、NNTは3.40(2.30-6.52)、リスク比は0.221(0.090-0.543; p=0.0001)だった。
■ 有害事象として、入院率に有意差が認められた(卵摂取群 10%、プラセボ群 0%; p=0.022)が、試験食品摂取後の急性イベントは卵群14例、プラセボ群11例であり、生後6ヵ月と9ヵ月で外来で初めて試験食品を摂取したとき(9ヶ月は増量時)の急性のアレルギー反応は認められなかった。
■ 生後12ヶ月時における卵摂取群オボムコイド特異的IgE抗体価はプラセボ群より低値であり、オボムコイド特異的IgG1、IgG4、IgAは卵摂取群で高値だった。
論文から作成した結果の図。
コメント
■ 丁寧な湿疹の治療と卵を段階的に早期導入することで、すでに湿疹を発症している6ヶ月児の卵アレルギー発症を8割減らすことができる可能性があるとまとめられます。
■ 先行研究であるEATスタディのアドヒアランスはわずか43%であり、本研究は高いアドヒアランスを実現しているとされていました。
生後6ヶ月より前からの早期離乳食開始は食物アレルギー予防となるかもしれない(EATスタディ)
■ つい最近、卵を乳児期早期に摂取し始めた場合の検討が2本立て続けに報告されています。
■ ひとつは、卵早期摂取に予防効果がないという否定的な結果、もうひとつが卵早期摂取は卵白感作を減少させる(卵アレルギーの発症抑制効果は証明できていない)という中立の結果です。
卵早期摂取は、卵アレルギー予防に効果がない (HEAPスタディ): ランダム化比較試験
生後4ヶ月からの卵早期摂取は卵白感作を減少させる (BEATスタディ): ランダム化比較試験
■ さらに、卵の早期開始は予防に効果がある可能性があるけれども、危険性を伴うという、リスクを警鐘した報告もあります。ただし、これらの研究は湿疹の治療には重きをおいていませんでした。
*2017/6追記 その後STAR研究の後を継ぐと言えるSTEP研究の結果が示され、生卵による負荷はむしろ悪化に関与する可能性が示された。
■ これらの結果を総合して考えると湿疹の治療を先行し、安定化させたことも発症予防効果を上げる大きな要因ではないかと推測されます。
■ どちらにせよ、今回の研究の大きなポイントは、”大きな副作用なく、実施可能な量で卵アレルギーが予防できたこと”と”事前に湿疹の治療をしっかり行い、悪化させないように治療介入した”という2点が指摘できるでしょう。
■ PETITスタディ(今回の研究の略称)に先行した早期開始の予防研究として、卵以外においては上記のEATスタディ以外にピーナッツを早期に摂取開始したほうがピーナッツアレルギーが減少するとしたLEAPスタディや、さらにその後1年間中断しても耐性が維持されるというLEAP-onスタディが挙げられます。しかし、安全性という面では、PETITスタディが上回ると言って良いと思われます。
ピーナッツを早期に摂取開始したほうがピーナッツアレルギーが減少する(LEAPスタディ)
乳児期に早期導入して予防した食物耐性は、中断しても維持される(LEAP-ONスタディ)
■ 2015年から2016年にかけて発表されたこれらの研究は食物アレルギーの予防の概念を大きく変えようとしています。
■ 2015年に発表された離乳食早期導入による食物アレルギー予防のレビューはすでに陳腐化してきてしまっている印象で、食物アレルギーの分野は長足の進歩を遂げようとしています。
■ もちろん、大きな進歩がみられるとは言え、まだ解決しなければならない問題は沢山あります。
■ さらに研究が進むことを期待したいですし、微力ながら自分自身もその発展に貢献できればと思っています。