以下、論文紹介と解説です。

Chalmers JR, et al. Daily emollient during infancy for prevention of eczema: the BEEP randomised controlled trial. Lancet 2020.

病歴がハイリスクの新生児1394人を1日1回以上のエモリエント群693人、一般的なスキンケアのアドバイス群 701人に1歳までランダム化し、2歳時点のアトピー性皮膚炎の累積発症率を比較した。

背景

■ 皮膚バリア機能障害は、アトピー性皮膚炎の発症に先行する。

■ 1歳まで保湿剤(エモリエント)を毎日使用するとハイリスク小児のアトピー性皮膚炎を予防できるかどうかを試験した。

 

方法

■ 英国内の病院 12施設とプライマリケア施設 4施設で、多施設並行群間ランダム化比較試験を行った。

■ 家族は、アトピー性皮膚炎を発症するリスクが高い正期産児(妊娠37週以上)を募集するために、出生前もしくは出生後受診を介して接触した(すなわち、第一親等に、保護者が報告した湿疹、アレルギー性鼻炎の病歴、もしくは医師により診断された喘息が、少なくとも1人いる)。

■ アレルギー疾患の家族歴のある満期新生児を、1歳までエモリエント(DiprobaseクリームもしくはDoubleBaseゲル)+標準的なスキンケアのアドバイス(保湿剤群)または標準的なスキンケアのアドバイスのみ(対照群)にランダム化した(1:1)。

■ ランダム化スケジュールは、コンピュータによる生成コード(施設およびアレルギー疾患の第一親等者の人数により層別化)を用いて作成され、参加者はインターネットベースのランダム化システムを用いて各群に割り当てられた。

■ 主要評価項目は2歳時のアトピー性皮膚炎( UK working party基準によって定義)で、評価項目データを収集し、層別化変数で調整した参加者への割り付けのアドヒアランスに関係なく、ランダム化して解析した。

■ この試験はISRCTN,ISRCTN21528841に登録されている。

■ 長期追跡のためのデータ収集は進行中であるが、試験においてリクルートは終了している。

 

結果

■ 2014年11月19日~2016年11月18日に、新生児1394人をランダム化した(保湿剤群693人、対照群701人)。

■ 完全なアンケートデータがあった参加者では、保湿剤(エモリエント)群のアドヒアランスは生後3か月で88%(532人中466人)、生後6か月で82%(519人中427人)、生後12か月で74%(506人中375人)だった。

管理人注
アンケートデータが完全な参加者の70%(442人中311人)は、1歳までのアドヒアランスは良好と判断されましたが、アドヒアランスに関するアンケートデータが完全でない参加者がエモリエントを使用していなかったと仮定すると使用率は51%と推定されています。

■ 2歳時に収集したアウトカムデータがある保湿剤群における乳児598人中139人(23%)、対照群の乳児612人中150人(25%)にアトピー性皮膚炎が認められた(調整後相対リスク0.95[95%CI 0.78~1.16]、p=0.61;調整後リスク差 –1.2%[–5.9~3.6])

■ 他の湿疹の定義は一次解析の結果を支持した。

1歳までの、こどもあたりの平均皮膚感染回数は、保湿剤群で0.23回(SD 0.68)であったのに対し、対照群では0.15回(0.46)であり、調整発生率比 1.55(95%CI 1.15~2.09)だった

 

解釈

■ 生後1歳まで、エモリエントを毎日使用しても、ハイリスクの小児のアトピー性皮膚炎を予防できるというエビデンスはなく、皮膚感染症のリスクが高まることを示唆するエビデンスが得られた。

■ この研究は、湿疹、喘息、アレルギー性鼻炎のある家族は、新生児のアトピー性皮膚炎を予防するためにエモリエントを毎日使用すべきではないことを示している。

 

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本当に、『保湿剤によりアトピー性皮膚炎を予防することはできない』のか?

■ 最初に注意点を述べたとおり、この研究は『アトピー性皮膚炎の発症予防』の研究であり、『アトピー性皮膚炎の発症後』の研究ではありません。ですので、最初に注意点を述べたとおり、普段の治療としては保湿剤をメインにすえていただいて問題ありません。

■ そのうえで、数年前から気になっていた、大規模に『エモリエント(保湿成分の含まれない保湿剤)の定期塗布が、アトピー性皮膚炎の予防に働くか』を検討したBEEPスタディの結果になります。

■ すでに2019年6月に欧州免疫アレルギー学会(European Academy of Allergy and Clinical Immunology; EAACI)で結果が発表されていたのですが、残念ながら予防できないという結果でした(このBEEPスタディやPreventADALLスタディに関しては、私はすでに結果をある程度知っていたので医学雑誌向けの総論では触れるようにしていました。ですので、驚き自体はあまりありません)。

 

■ まず、大規模ランダム化比較試験なので、この結果をまず受け入れる必要性があります。

■ しかし一方で、先行研究との整合性と、普段の臨床からの印象があきらかに異なるのがなぜかを考える必要もあります

 

■ 1つ目は、保湿剤といっても、『エモリエント(保湿成分が含有されていない)』であり、『モイスチャライザー(保湿成分が含有されている)』ではなかったということです。というのも、保湿成分が含まれている方が有効性が高いという報告があるからです。

■ 2つ目に、アドヒアランスに関するアンケートデータが得られなかったケースが多く、保湿剤を塗らないとした対照群も、それなりに塗っていたということ(塗らない群ではなく、”標準的ケア群”です)が挙げられます。当然のことながら、塗っていない保湿剤、量が少ない保湿剤は有効ではありません。

■ 3つ目が塗っている回数です。8割以上が、1日1回塗布のみの塗布でした。保湿剤が1日1回より、1日2回のほうが有効かもしれません。これは、普段のアトピー性皮膚炎の治療の観点からも言うことができるでしょう。

■ 4つ目に、実際に予防できるのは、『もともと皮膚バリア機能が低い群』であることです。アトピー性皮膚炎をすでに発症している群は、バリア機能がすでに低下しています。しかし、予防の観点からは、バリア機能がもともと高い群も多くはいってきます。バリア機能が高い群に保湿で補強しても効果はあまり感じられないでしょう。この研究では、バリア機能の評価は行われていません。

 

■ なお、同時に発表された、『PreventADALLスタディ』も予防できないという結果でした。こちらは、保湿入浴剤で代用しているデザインなので、有効性が低くても仕方がないかもしれません。

■ 保湿入浴剤では、アトピー性皮膚炎の治療に十分ではないという検討もあります。

 

■ 個人的には、モイスチャライザーを1日2回しっかり塗ると有意な効果が期待できるのでは…と思っていますが、実際にそのスタディデザインで実施されているPEBBLESスタディ(BMJ open 2019; 9.)の結果に注目が集まってきています

 

■ こういう、『介入方法の違いで、結果が異なる』ということは、すくなからずあります。

■ たとえば、『卵を離乳食に早期に導入して卵アレルギーを予防する』というテーマを検討したSTARスタディ、HEAPスタディ、BEATスタディ、STEPスタディがすべて失敗に終わり、その時点で、卵アレルギーの発症予防はできないのでは…という空気がながれました。

■ そこにタイミングよくPETITスタディの結果が発表され、卵アレルギーの発症予防に成功したことから、『皮膚ケア』と『十分加熱した卵を微量』という条件がわかってきたのです。すなわち、『単純な予防策ではうまくいかないこともありうる』ということです。

「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」に関して考えたこと。

■ 個人的には、保湿剤(モイスチャライザー)を1日2回きちんと定期塗布を丁寧にすると、やはり発症予防には働いていると考えています。PEBBLESスタディの結果を待ちたいと思っています。

 

今日のまとめ!

 ✅ エモリエントを1日1回塗布しても、アトピー性皮膚炎の発症予防ができなかったという大規模研究が発表された。

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